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中学受験 ママも1才 パパも1才

中学受験はだれでも初心者!中学受験で失敗しやすい9つの理由を大公開!

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自分を評価する能力(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。8月に入ると、暑さも板についてきて変な話、ちょっぴりすごしやすくなるものですね。子どもたちは、休憩時間にはおいしそうにアイスクリームをほおばっています。



 さて今回は、「自分を評価する能力」です。



 
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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その7<誤った責任帰属・過度の他者依存>



自分を評価する能力(中学受験・中学入試)




 「最後の授業 ぼくの命があるうちに 」(ランディ・パウシュ)という本をご存知でしょうか。大ヒットした本なのでよくご存じの方も多いと思います。



 すい臓がんで余命6カ月を宣告された大学教授が、幼い3人の子どもにあてたメッセージ(最後の授業)です。その中でも、次のメッセージは、とても印象的です。



 『*(自分が幼いころの我が家では)辞書は食卓から6歩の本棚にあった。わからないことがあれば自分で答えを見つける」がわが家のモットーだった。面倒くさがって、座ったままあれこれ考えることはありえなかった。僕たちはもっといい方法を知っていた。百科事典を開け。辞書を開け。心を開け。



 *レンガの壁がそこにあるのは、それを真剣に望んでいない人たちを止めるためだ。 



 *最近は子供に自尊心を与えることがあちこちで話題になっている。ただし、自尊心は与えるものではない。自分で気づくものだ。グレアム監督のやり方に、甘やかすことはありえなかった。グレアムはこどもの自尊心を育てるためにいちばんいい方法を知っていた。できないことをやらせて、できるまで必死にやらせること、それをくり返させることだ。



 *教育者のいちばんの役割は、学生が内省する手助けをすることだ。人間が向上する唯一の方法は、―グレアム監督が教えてくれたように―自分を評価する能力を伸ばせるかどうかだ。』



 ここで述べられている「自己を評価する能力」というのは、メタ認知力に通じるものがあります。メタ認知というのは、自分で自分をモニタリングする力をいい、効率的に学習を進めるうえで欠かせない能力です。



 メタ認知には、主に次の5つの内容があります。



 第1に、自分の知識についてのメタ認知。「自分は何を知っていて何を知らないか」を認識しているかどうか、です。 「〇〇のこと知ってる?」って子どもに尋ねたときに「分からない」という返事がくるときは、自分の知識について整理ができていません。知っているものと知らないものを区別しておき、知らない知識の獲得に集中的に労力を投下すれば、効率的に学習を進めることができます



 第2は、自分の能力についてのメタ認知。「自分は何ができて何ができないか」「自分はどこまでできるか」を認識しているかどうか、です。自分の力ではできないなと判断すれば、他人の援助を得るなどして、目的を達成することができます。



 第3に、自分の心と体についてのメタ認知。適度な休憩を入れることによって、より集中して学習をすることができます。



 第4に、適切な対処方法選択についてのメタ認知。これは、課題解決にあたり、自分の経験に基づいて最適な方法を選ぶことができる力です。


 
 第5に、自分の行動の結果についてのメタ認知。これは、自分の思考を行動に移し、それを評価し訂正する力のことです。一定の目的に向かって、同じ誤りをくり返さずに、ストレスなく物事を進展させるのに必要な力です。



 小学生の場合、これらの力はすぐに身につくものではありません。人の助けが必要です。



 例えば「知らないことは辞書で調べる」という行動を身につけさせる場合、言葉で「調べておけ」と言っただけでは身につくはずはありません。



 子どもは「辞書をひくべきだ」には同意しましたが、「実行すること」には同意してはいないのです。親子で良さげな会話をしたり、問題点を話し合っただけで進歩した気になってはいけません。



 ならばどうすればいいかと言うと、できるようになるまで見届けて、フィードバックするところまでやることです。



 つまり、子どもが「〇〇の意味を教えて」と聞いてきたとき、まずは「辞書を引きなさい」です(指示)。そしてその様子を観察しながら(観察)、辞書の引き方やほかの調べ方を教える(フィードバック)。できるだけ早くフィードバックすることで、子どものストレスを軽減してあげることができるわけです。



 「子どもは信頼しても信用はしない」というバランス感覚が大切ですね。つまり、気持ちは通じあっていても、事実は事実として目をそらさないことです。



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主体性がない〜過度の他者依存(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。今回は「主体性」の話です。



 主体性がない場合というのはどういう場合か、主体性が育ってゆく過程はどのようなものなのか。



 さてさっそく、「主体性がない〜過度の他者依存」をみてゆくことにしましょう。



 
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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その7<誤った責任帰属・過度の他者依存>



主体性がない〜過度の他者依存(中学受験・中学入試)



 子どもと接していて、「あ〜、もっとしっかりしてよ〜」と思ったことはありませんか。例えば次のような場合です。

 *自分のやるべきことが分かっていない

 *やったことを忘れる

 *すぐ親を頼る

 *手遅れなことを相談する

 *自分でも意味が分かっていないことを相談する

 *責められると「じゃぁ、どうすればいいんだ」と開き直る


 
 こんなときに頭をよぎるのが、「主体性がないのではないか」です。



 主体性とは、「自分の事として進んで取組む力」「自分の事として考える力」ですね。


 
 つまり、自分の意志・判断で行動しようとする「態度」をいいます。言い換えると、主体性はこどもの積極的な「態度」をいい、「何をするか」は別問題です。



 主体性というのは、いわば「ハコ」のようなもので、そのハコの中にいろいろなものを入れながら、徐々に大きく育っていくのです。小さいときから、いろいろな経験を積みながら、徐々に「自分の意志でやろう」と思えるようになるわけです。



 そして主体性は、葛藤と癒しの間を行き来しながら育ってゆきます。次の図を見てください。

kattou

   
 タテ軸は、子どもに対する強制的な接し方と、こどもとする協働的な接し方です。これらの大人の接し方に応じて、こどもの気持ちは安定と不安定の間を揺れ動くことになります。



 葛藤と癒しの両方の契機が両輪となってこどもが主体性を身につけてゆくわけですが、これが葛藤だけで癒しがないと、子どもはいつまでたっても自分の態度をはっきりさせることが難しくなります。



 葛藤だけで癒しがない場合とは、例えば次のような場合です。

 1 自分で管理できる時間がほとんどない

 2 成績が伸びたときや頑張ったときに、「たまたまだ」とか「もっと頑張れ」と言われる

3 家庭でも休憩なく長時間の学習を強制される

4 こどもが親に信用されていない、あるいは家庭の中で自由な会話が長続きしない

5 親同士の仲が悪かったり、親の意見が大きく食い違っている



反対に、葛藤がなく癒しばかりなのは次のような場合です。

 1 塾でお客さん状態になっていて、先生から放置されていて何とも思わない

 2 こどものやる気が失せると、先生も親もお手上げ状態になる

 3 テストに向けて準備もしないし、テストの解きなおしもしない



 これらのように、自分の出番が有名無実のままであると、いつまでたっても主体性は身に着かないんですね。



 そうならないためにも、葛藤と癒しの両輪で子どもの力を引き出すことが必要なんです。



 例えば、親子で山登りをするとします。子どもは初めのうちは「登れそうな気がする」ので、親についてきます。しかし道程を進むうち、次第に苦痛が増して、自力で進むか助けを求める(断念する)か葛藤します。



 しかし親はこれに手を貸すことなく、自力で進むことを要求する。子どもは泣いたりもするでしょうけれども、最後まで自力で歩かせる。



 頂上に達したときには、こどもは「なぜかやればできた」という感慨を持つことでしょう。



 その代わり、体力を消耗したこどもには、きちんと癒しを与える。その癒しは、そのこどもが満足し、笑顔を取り戻すことができるものであれば十分です。「よく頑張ったな」「できると思っていたよ」という声かけだけでも、顔の汗をぬぐいでやるだけでもいいんです。



 これが、「葛藤」と「癒し」です。



 勉強でも同じことです。強い力でグッとこどもを引き上げる、こどもはなぜかできるようになったと自分の成長を実感する。それがきっかけとなって、自分の意思でやろうと思えるようになる。



 さらに、強制力を行使して子どもの能力を引き上げることには、「時間の節約」という効果もあります。子どもの自発的成長に任せておけば時間がかかることも、強制力の行使によって成長が早まるわけです。



 ただ注意が必要なことが2つあります。



 第1に、子どもがやっと解けるようになったのを見届けても、それで終わりにしないということです。



 例えば、鉄棒の逆上がりを練習していて、「やった、できた!」で練習を止めてしまうと、翌日はまた同じ苦労をしてしまいます。そのようなムダをしないためには、できるようになった直後に、同じことをくり返すことが必要なのです。



 勉強でも同じことです。1回解けただけの自信と、2回以上解いた後の自信は全く別ものなのです。



 きちんと習ったはずのことがすぐにできなくなるのが中学受験だ、

ということを忘れてはなりません。



 第2に、順調に学習を進めていても、あるところから先へ進めなくなるときに、無理にやらせないことです。子どもに勉強を教えていると、つい「できるはずだ」「なぜできないんだ」と思い込んで、しつこく何度もやらせてしまいがちですが、冷静に原因を見定めなくてはなりません。



 先へ進めなくなる原因は、?その前の段階が定着していないか、あるいは、?必要なステップを飛ばして高すぎる課題を設定したか、のどちらかです。



 ?の場合には、前の段階に立ち戻ることが必要。?の場合には、次に取り組ませる課題のレベルを下げる必要があります。



 いずれの場合にも、必ず最後には達成させることがポイントです。辛いばかりで何も得るものがない経験は、百害あって一理なし、です。



 世の中で一番過酷な刑罰は、せっかく自分で掘らせた穴を自分で埋めさせることを毎日くり返させることだと言われます。達成感のない労働ほど、精神的にキツイものはないんですね。



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「こどもの話をよく聞く」という教育(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。昨日、サピックスの宿題の量についてゆけない、と言うご相談がありました。小6生の方です。



 小6の夏休みの場合、まずやるべきことは学校別過去問です。「塾の宿題はいいの?」って思われるかもしれませんが、大手塾の教材はそもそも「いろいろな学校の過去問の寄せ集め」なんです。小6の教材は特にそうです。



 ですから、受けない学校の過去問はやる必要がないと思わる方は、自分の受験する学校の過去問集を最優先にすればいいんですね。実際、私のところでは、慶應の過去問オンリーです。



 やるべきことがたくさんあって大変だと思いますが、やみくもに突っ走るよりも、きちんとした成果のでる学習をこころがけたいですね。



 さて今日は「こどもの話をよく聞くという教育」です。



 

 
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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その7<誤った責任帰属・過度の他者依存>



「こどもの話をよく聞く」という教育(中学受験・中学入試)




 家庭内教育のうち、「勉強」と同じくらい重要なものに「人の話をよく聞くこと」があります。人の話をよく聞くことの大切さは言うまでもありませんが、相手と自分の気持ちを通わせ、相手に安心感を与えることと引き換えに、自分も感謝と内省を得る。



 人の話を聞くという能力は、授業のときだけでなく、上司や部下との関係、恋人や友人との関係、すべての生活関係の基礎となる重要な能力です。



 人の話をよく聞くための7ヶ条は次の通りです。



 1 自分がやっていることを中断して聞く

 2 口をはさまず相槌を打ちながら聞く

 3 次に自分が何を言うかを考えないで聞く

 4 話の内容と関係ないことを考えないで聞く

 5 聞いて分からない内容があれば質問する

 6 矛盾や齟齬があれば指摘してあげる

 7 舌足らずなところは補ってあげる



 家庭内で親が子どもの話をよく聞くということを態度で示してあげる、これは実はとても立派な教育なんです。子ども自身が自分の話を聞いてもらえる心地よさを知らないと、人の話を聞こうとはしないからですね。




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書物の中から学べ(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。先日、「小6なのに勉強しない」というご相談がありました。いろいろお話をうかがって、一つの提案をしました。



 それは「テレビを見ない」です(受験生ですから当然ですけれども)。「やることを増やすより、やらないことを増やすこと」が原則だからです。



 それから2週間、水曜日を除いてテレビを見なくなったそうです。すごいですよね、ホントに立派です。



 しかし、です。テレビを見なくなった分、ダラダラする時間が増えて、勉強時間が増えたとは言えない、だそうです。家庭教師の宿題の指示も守らない。つまり、子どもが一向に課題を引き受けないんですね。



 勉強の仕方がいい加減で成績が伸びない子どもは、概して「課題を引き受けた」という兆候が薄いものです。大人が叱りすぎて、子どもが根腐れしてしまっているかもしれません。



 そんなときこそ大人があせらずに、「(不安はあるが)期待して待つ」という寛大な態度をとることは、決して遠回りではないと思います。入試まであと半年「も」ありますから。



 さて今日は「書物の中から学べ」です。



 
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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その7<誤った責任帰属・過度の他者依存>



書物の中から学べ(中学受験・中学入試)



 一般に、勉強は生身の人から学ぶか、書物に学ぶか、に分かれます。中学受験では、ほとんどの子どもがが「人から学ぶ」が中心となりがちです。



 しかも、次から次へと流れゆく言葉の弾丸の中で、どれがポイントなのか反芻して咀嚼する余裕がないことがある。



 そして「人から学ぶ」ことに慣れきってしまうと、中学受験を終えた後も、「人に監視されないと勉強しない」「自発的にもっと努力しようとは思わなくなる」などの弊害が生じます。



 これでは何のために受験をし、国私立中学に入れたかわからなくなってしまいますね。



 そもそも、人は一般に知っていることだけしか聞こうとしません。ですから、知らないことは耳に入りにくいし、忘れるのも早い。誤解することもある。聞くことが中心の勉強は、メモをする時間が与えられない限り、知識は広がりにくいものです。



 しかも、生身の人から学ぶことができる知識量には限界がありますし、言葉で言われたことは忘れやすい面もあります。その意味では、生身の人から学ぶことはよいきっかけにはなりますが、それはあくまでプラスアルファでしかないのです。



 中学受験塾の拘束時間がびっくりするほど長時間にわたるのは、この点を如実に物語っています。



 つまり、先生主導の下で学習しつつ、かつ実質的な効果を上げるためには、生徒が課題を引き受けにくくなる分、予想以上に時間がかかるのです。



 受験勉強に限らず、勉強というのは基本的には書物から学ぶべきです。いろいろな人が貴重な知恵を残しているわけですから、物理的に会うことができなくても、書物にあたれば十分学習できるものです。



 また、「学ぶ」という作業は、自分が知っていることを出発点にしないと効果を上げることができませんから、自分のペースでやるのが基本なんです。「書籍から学ぶ」であれば、自分のペースを最優先にして学ぶことができ、後戻りして考えることもできる。



 勘違いを見つけたり、新発見をすることができるというおまけもつきます。



 ですから中学受験生であっても、書物と向き合うことが勉強の本来の姿であることをこどもたちに教えるべきだと思うのです。



 その書物とは、読書に限らず、テキスト、問題集、過去問など、身近にあるものです。



 この点に関連して、齋藤孝さんの「退屈力」から引用します。



 『学校の勉強など実生活には何の役にも立たないという声をときどき耳にする。しかしそう言う人は、勉強の効用を一面的にしか捉えていない。



 学力をつけて難関校を目指すことは大事なことだが、受験の準備だけが勉強の目的ではない。ここで言いたいのは、学力をつけること以外の勉強の効用だ。



 たとえば、思考の粘り。そうした粘りがあれば情緒も安定してくる。また、物事を多彩な角度から明せきに捉える訓練として、勉強ほどふさわしいものはない。



 (中略)読書というのは、心のあり方に非常に大きな影響を与えるものだ。(中略)ある程度しっかりした内容の本を、1ページ1ページきっちり目で追って理解してゆくという、忍耐を必要とする丹念な作業を続けていると、人の話をじっくり聞くという(姿勢がみにつく)。



 (中略)そもそも、勉強するということ自体が、人の言うことを聞くということが基本になっている。』



 受験勉強に意味があるのか、過酷な中学受験にあえて挑戦するべきなのか、いろいろと議論はあります。しかしただ、机上の議論に終始するのではなく、よい学習体験を通じて、成長を実感することが先決です。



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親に認められたい子どもは失敗する(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。私のところでは、夏期講習も第2クールを終了し、一段落です。そんな折、がんばり屋の女子がおもしろい話をしてくれました。



 塾での勉強は朝9時30分から夜の7時までのぶっ通し。そして昨日、家に帰って「お母さん、疲れたぁ〜」ってこぼしたそうです。そうしたらお母さんが、「そんなのみんな同じでしょ」って軽く流したそうです。



 そしたら、このお母さんの対応にそのがんばり屋の女子がキレた! 何時間も部屋に籠城してお母さんとの交流を拒否したそうです(笑)。



 気持ちを分かってもらいたい、というのは子どもも大人も同じなんですね。でも、塾ではいつも通り元気いっぱい。お母さん、大丈夫ですよ!



 さて今日は「親に認められたい子どもは失敗する」です。



 
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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その7<誤った責任帰属・過度の他者依存>



親に認められたい子どもは失敗する(中学受験・中学入試)




 女性は男性にガミガミ口を出したくなるものですよね。自由にさせておくと、浮気したり、偏食したり、暴飲暴食したりするから、「〇〇しないようにしなさいよ」ってね。



 しかし男性というのは自由にしたいものですから、制約を受けそうになると、むしろ逆な行動をとっちゃったりする(笑)。



 同じように、子どもにもつい言ってしまう。「グズグズしないで早く食べて勉強しなさい」と。すると子どもは、「いま、しようと思っていたの!」と反論する。こうなるともう止まりません(笑)。



 「だったら、早くしなさい!あなたがいつまでたってもやらないから言っているんでしょ。」



 「お母さんがガミガミ言うから、やる気がなくなったじゃないの!」



 ふふふっ。よくある話ですよね。



 でも、このように反論する子どもはそもそもやる気がある子どもですから、心配無用です。ただ、人から命令されることによって、「やらなきゃ」という殊勝な気持ちが、「やらされている」というみじめな気持になってしまっただけです。



 このような状態にならないようにするには、子どもの判断を後押しするように、接し方を変えれば済む話です(既述)。



 問題なのは、子どもが「親に認められたい」と思って頑張るような場合です。



 子どもは親に認められたいと思うと、偏差値や順位に過度にこだわろうとします。それが一番分かりやすいからです。



 そしてもし、思うような偏差値や順位を手にすることができなくなると、親には何も言えなくなる。場合によっては、わざと親の言うことと逆のことをしたりします。



 親に認めてもらいたいと思う子どもは、親のレールにのってどこかで衝突事故を起こしてしまうことがあるんです。

 

 プロボクサーの辰吉丈一郎さんが、次のような話をされていました。



 『人間大事にされたり大事にしてくれる人がおったり、優しくしてくれたり可愛がってくれる人がおるから頑張れる。



 しかし、人がおるから頑張れる代わりに、勘違いしてそういった人のために頑張ろうとする人もおる。失礼やけど、だから失敗する。



 まず、自分が成功せんかぎり、人は助けられない。自分のために戦う。自分のために戦うと、結果的に見てる人が後で気づいてくれるの。



 支えてくれる人に対してありがとうって気持ちを返すんじゃなくて、ありがとうといって自分なりにやらせてもらう。また落ちそうになったりこぼれそうになったら、拾ってくれるの。そうしたら、ありがとうって言ってまた突き進めばいい。



 自分が掴むもん掴めば、掴んだときに返せばいい。誰かのためにやっちゃ絶対あかん。成功すれば返せばいい。自分におつりがあるくらいに。』



 本当に結果だけが評価される、厳しい世界で戦う人の言葉だと思います。



 受験の世界でも、結果的に人が喜んでくれるのは良いのですが、逆に人を喜ばせようとして勉強しようとしてしまうと、手っ取り早く、偏差値や順位に固執してしまう。



 ただでさえ子どもは、親の期待や要求に一生懸命に応えようとする性質があります。



 すると、競争の弊害と同じように(既述)、油断、挫折・焦燥、挫折・諦念の罠にはまりやすくなるのです。
場合によっては、うまくゆかない原因を喜ばせたい人に責任転嫁してしまうこともあるでしょう。 被害者意識は本来の理想を邪魔します。



 学習効果の面でいえば、人を喜ばそうとして頑張るというのは、「どれだけ頑張ればその人は喜んでくれるか」というふうに、成功・不成功の基準を他人に委ねてしまうことが問題です。だから、自分はいつまでたっても満足できない。



 だからといって、親は子どもに期待するのを止めることはできませんし、そうするべきでもありません。
子どもが偏差値や順位に固執するわりには、勉強量が不足していたり、勉強の質が悪いときにこそ、子どもに勉強法を改善するためのアドバイスを与えることが必要なのです。



 こだわるべきは確かな勉強のやり方であって、偏差値や順位は後からついてくるものだ、ということに気付かせるべきなんですね。



 ここで、子どもの勉強法の改善に手を貸す場合、子どもとバトルになってはいけませんね。子どもとバトルになる一番の原因は、基本的帰属のエラーと言われるものです。



 基本的帰属のエラーというのは、他者の言動の要因を、その人に固有の「状況」よりも、その人の「態度や性格」に求めやすい、というものです。



 つまり、こどもの成績が下がったり、こどもが勉強しないときに、そのこどもが置かれた状況を改善しようとするのではなく、「そもそもおまえってやつは」って態度や性格を非難してしまう、ということです。



 そのくせ、大人は私自身のことでうまくいかないと、自分の態度や性格は問題にせず、環境や状況や相手のせいにしてしまうんですけどね(笑)。



 子どもを追い詰めるのではなく、子どもが困っているときにその手助けをしてあげることができる親が、尊敬されます。



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「あたりちらして終わる子」と「反省して先へ進む子」(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。今回から、第7章「誤った責任帰属・過度の他者依存」に入ります。


 
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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その7<誤った責任帰属・過度の他者依存>



「あたりちらして終わる子」と「反省して先へ進む子」(中学受験・中学入試)




 「安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う 」(致知出版社)という本に、「自ら反(かえ)る」という記述があります。かいつまんで抽出すると次のような内容です。



 論語の根本精神は、自反。例えば、つまづいて「こんちくしょう」と言って石を蹴る人間はつまらない。本当の人間は、「しまった、うっかりしていた」と自ら反る。その人は確かな人であり、進歩する人です。



 受験の世界でも、同じことがいえそうです。模試やテストに失敗すれば、だれでもくやしいものです。しかし、周囲に当たり散らしたり、無意味にジタバタして終わってしまえば、その先に進歩はありません。



 そうではなくて、自分のどこがまずかったのかを真剣に反省して、二度と同じ失敗を繰り返さないと、次の行動に移る。頭の中であれこれ考えてもダメ。実行に移すかどうかがカギ。これが、「確かな人」であって、「進歩する人」なのでしょう。



 いくら頭の良い子どもであっても、勉強が自分の責任の下で行うもの、勉強の基本は自助努力にある、こうした意識がない限り、大きな進歩は見込めません。



 本章では、原因帰属を誤る子ども、人に頼りすぎる子ども、についてみてゆきたいと思います。




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「必ず解決してみせる」という気概(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、早くお彼岸が来ないかな、と願う日々です。



 話は変わりますが、先日「先生に言われた通りにやっているのに成績が上がらない」というご相談がありました。こんな場合、先生に相談しても「きちんとやっているんですけれどもねぇ」なんて話をにごされちゃうものです。



 「先生に言われた通りにやる子」にも2通りあって、言われたこと「しか」やらない子と、言われたこと「も」やる子、がいます。



 言われたこと「しか」やらない子は、たいてい自分が抱える問題点を意識していないか、ちょっとズレたやり方をして、いたずらに時間を浪費していることが多いものです。



 夏休みはアッという間に終わってしまいますので、四谷大塚の合不合予備で芳しくない成績だった人は、夏休みの予定をちょっと見直してみてはいかがでしょうか。



 さて今回は「「必ず解決してみせる」という気概」です。


 
 
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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その6<挫折しやすい>



「必ず解決してみせる」という気概(中学受験・中学入試)



 受験に強い子こどもに共通していることがあります。それは、しつこくて粘り強いこと、です。



 つまり、「必ず解決できる」と思って問題に取り組んでいるのです。長時間かけてダラダラ解いている子どもとは違います。



 しかし、だれでも初めから「必ず解決できる」と思って物事に取り組むことはできるんでしょうか。



 こんな話を聞くことがあります。



 「できない」「無理そう」「びみょ〜」という言葉を口にする子どもは、いつまでたっても自分の殻を破ることができない。だから、そのようなNGワードは絶対に口にさせない。むしろ、「とんどん良くなる」「やれば必ずできる」「きっとすごい人になる」「難しいことは何一つない」「君の力は無限だ」と思うようにしなさい、と指導すべきである、と。



 しかしよく考えてみれば、こんなバカな話はありませんよ(笑)。

 学力については、いくら念仏のように「自分はできる」と願ってみても、それがいつしか「必ず解決できる」という強靭な意志力に転化しちゃう、そんな夢みたいなことは起こりにくい、常識的に。



 もちろん、物の見方が変わればその人の思考や立ち振る舞いが変わることはあります。例えば、平社員だって社長のような経営的な視点で物事を見渡せば、きっと有益な発見ができるはずです。



 しかし自分の学力や意志力は経験の積み重ねによってのみ、鍛えることができます。つまり、問題と格闘した経験が多ければこそ、「次も解決することができる」と思えるようになるのです。



 受験勉強は、「必ず解決できる」と思えるようになるまでが地獄、逆に、そう思えるようになれば天国(スタートライン)です。



 そして長い目で見ると、社会で求められる人物は、この「必ず解決できる」という気概を持っている人物です。ゲーテは「決して使い尽くすことのない資本を作ることが重要だ」といいますが、まさに「必ず解決できる」という気概が、「決して使い尽くすことのない資本」の一側面なのかも知れません。



 次回からは第7章「誤った責任帰属・過度の他者依存」に入ります。甘ったれ小僧をどうするか、について考えてゆきます。




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一流のナンパ師に学ぶ勉強術(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。強烈な暑さが続きますが、大丈夫ですか? さて今回は、「ナンパ師に学ぶ勉強術」です。



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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その6<挫折しやすい>



一流のナンパ師であれ〜結果でなく行動に注目せよ(中学受験・中学入試)



 テレビのクイズ番組を見ていたり、家族で外出したときなど、子どもが意外と豊富な知識を獲得していると感じることはないでしょうか。と同時に、「テストでももっと点数を稼いでくれたらな〜」と複雑な気持ちにもなってしまいます。



 受験は基本的に、「解決力」の判定テストです。人が興味を持たないような科目でもコツコツと取り組んだり、きちんと理解しようとしたりしたことに対する努力賞が、入学許可証なのです。



 そこで気になるのは、どのように「コツコツ取り組むべきか」ということ。これが意外に「ナンパ師」と共通点があるのです。



 ナンパ師は、手当たりしだいに見かけた女性に声をかける。はたから見ると「あんなにいっぱいフラれて、よく恥ずかしくないものだ」と、こちらが気恥ずかしい気になってしまいませんか。しかし、一流のナンパ師であれば、いくら振られても、堂々としたものだと感心させられます。



 それはなぜでしょうか。



 それは、一流のナンパ師は「100人に声をかければ1人くらいは良い返事がもらえる」、と考えているからです。テレアポの名人も同じ。「100件電話すれば1件は成功する」と考える。そうでなければ、マシンガンのようにアタックできるはずはありません。



 つまり、個々の結果で一喜一憂しているのではありません。行動の回数に注目しているのです。それができるのは、「100回やれば1回は成功する」という勝ちパターンを獲得しているからなのです。



 もちろん、受験勉強では、何も「100回」も練習する必要はありません(笑)。



 現実には、「ここまで練習すれば大丈夫だ」と言えるまで練習することはどうしても必要です。その練習量が十分か不十分かを確認するために、テストや模試があるのです。



 大事なことは、ちょっと努力したくらいで欲張りな結果を期待しないこと。結果は努力に比例すると考えて、神経質なほどに目先の課題にこだわることです。



 1回復習した人と、10回復習した人の成績が違うのは当然ですよ。



 よく「計算ミスがなくならない」という親子漫才のような話を聞きます(笑)。もし本当にミスならば、ミスは無意識のうちに出る以上、意識しないでも問題が解けるようになるまで訓練するしかないでしょう。「できたはず」は入試では通用しないのです。



 受験対策は、基本的に「メインテキスト」と「過去問」で済ますべきです。何をメインにするかは、塾の先生や知りあいに相談して決めることになるでしょうけれども、まずはそれをつぶすことです。



 テストが難しく思えるようであれば、小4のメインテキストからやり直す。テストで間違えれば、理解していない原理は何かをメインテキストに戻ってチェックする、メインテキストをやり込んで、体系的な原理を腹の底へ落とし込む。



 このようにして、一度でもテストが簡単に思えるようになれば、それがその人の「勝ちパターン」となります。一流のナンパ師のように、目先の失敗を乗り越えて、次から次へと行動を起こすことができるようになります。


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こどもが成長を実感するとき(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。前回は、「子どもの長所をちゃんと評価する」というお話でした。もっと言うと、短所でさえ、長所であることもあります。


 例えば次のような場合です。


 (1)口べたなこども → 相手の話をじっくり聞ける

 (2)自分の主張が通せないこども → 相手の持つ情報がより多く収集できる

 (3)好き嫌いがはっきりしているこども → 表裏がないので人を傷つけない

 (4)時間がかかるこども → 粘り強くなる

 (5)ケアレスミスが多いこども → 小さなことにめげない


 
 このほかにも、もっと子どもには良いところがあるんじゃないでしょうか。良いところを伸ばせば子どもはまっすぐ育つ。これは実は、大人にもあてはまることなのかも知れません。人は素直になれないとき、自分の長所は理解して欲しいけれど、人の長所は曲げて理解しようとするものですからね。 




 さて今回は、「こどもが成長を実感するとき」です。



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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その6<挫折しやすい>



こどもが成長を実感するとき(中学受験・中学入試)



 有名な話に、「教師の術策」というものがあります。



 この話のテーマは、「おっくうがってなかなか真剣に走ろうとしない子どもがいるとき、どうしたらこの子どもを全力で走るよう導くことができるか」、です。



 この子どもがみなさんの子どもだったら、どうします? たぶん、叱ってもムダでしょうね。



 この話に登場する指導例は次のようなものです。



 『まず、数人のこどもを八方に走らせて、一番早くゴールした子どもにご褒美を与える、とうルールを決める。そして、問題となっている子どもに参加させ、しかもその子どもの走る距離を短くしてやり、わざと勝たせてあげる。しかも連戦連勝させます。



 数人の生徒を八方に走らせるようにしたのは、問題の子どもだけ走る距離を短くしていることがバレないようにするためです。しかしいずれこの術策はバレます。しかし、この術策がバレるのも術策のうち。



 問題のこどもは勝利に気をよくして力を出し切るようになっただけでなく、自分だけ有利な取り扱いを受けたことを不公平だと主張するまでになりました。』



 あまりにも劇的で鮮やかすぎる結論なので、つい「は〜、そうですかぁ」と言いたくなっちゃいますね(笑)。



 ただこの話は、いくつかの教訓を含みます。例えば、何か報酬をきっかけとしてがんばることがあること、がんばっている子どもには恥をかかせないこと、成功体験は徐々にレベルを上げながら積み上げてゆくこと、などです。



 教師が全面に出ることなく、「ほら、やればできるでしょ」ではなく、「やれると思っていたよ」という信頼の態度をも垣間見ることができるでしょう。



 特に参考にしていただきたいのは、問題となった子どもが、自信をつけたときに、他の人と同じ条件で競争したい、と主張した点です。自分の力に自信を持つようになると、自分の力を試したくなるものだ、ということです。



 子どもの勉強に付き合っていると、その日その日にやるべきことをこなしたかどうかという点だけに目が向かいがちです。



 しかし、子どもが自分の成長を実感しているかどうかも同じくらい重要なのです。そのメルクマールが、「自分の力を試したい」です。もっと問題を解きたい、テストが楽しみである、このような言葉を引き出すことができれば、その日の勉強はとても意義深いものだったに違いありません。





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「勉強しない子どもにはペナルティが当然だ」では失敗する―あるお母さんの気づき(中学受験・中学入試)

 みなさん、お疲れ様です。この記事の書籍化したものが8月3日にエール出版より発売になるのですが、それに「四谷大塚・サピックス進度比較表」を付属しました。入塾や転塾の参考になると思います。



 それに関して「日能研のはないの?」とお問い合わせがありましたが、残念ながら資料不足でまだ作成しておりません。出来上がったらこのブログでお知らせしますね。

 さて今回は、「勉強しない子どもにはペナルティが当然だ、では失敗する―あるお母さんの気づき」です。



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■優秀な子どもが中学入試で失敗する9の理由 その6<挫折しやすい>



「勉強しない子どもにはペナルティが当然だ」では失敗する―あるお母さんの気づき(中学受験・中学入試)



 かつて教え子のご父母から、「知人の方は、勉強が終わるまで夕食を与えない方針で、実際に夕食を与えないときもあるそうですよ」というお話を伺ったことがあります。



 かたや、「子どもに対してあり得ないような言葉を吐いてしまう」というご相談もあります。ふと我に返ると、「もしかしてこれはプチ虐待なのではないか」と頭をよぎります。



 親だけではありません。私の知人の先生の中には、「子どもは恐怖心を持つから勉強するんだ」が持論の人もいます。



 これらのような子どもに対する物理的、あるいは精神的なペナルティは、それなりの理屈があってなされることです。



 つまり、次のような理屈です。



 『受験したい、勉強したいと言ったのは自分のはずだ。ならば、親に言われなくても自分で勉強しろ。もし自ら行動を起こさないのであれば、子どもの言うことは信頼できない。だから、勉強ぶりを監視するほかないのだ。しかも、矛盾したことを言う子どもにはペナルティを科すべきで、子どもの方もそれを甘受しなければならない。』

 もちろん現実問題としては、子どもが恐怖を感じている、あるいは、過度に敏感になっている、という場合は少ないでしょう。学校や塾では元気いっぱいのはずですから(笑)。



 しかしもし、子どもが自分で何も意思決定できないとか、親の目を盗んでは遊ぶ、などという場合には、多少なりともペナルティを意識していると考えてよいでしょう。



 そのような場合の問題は、子どもの学習を推進する効果が上がっているかどうか、です。



 残念ながら、子どもがペナルティを意識している場合―つまり、子どもが自分で何も意思決定できないとか、親の目を盗んでは遊ぶ、などという場合には、親が期待するほどの効果は上がっていることはほとんどありません。その場を取り繕っているだけで、進歩がないからです。



 ペナルティは、本来、監督者がいる場合に、その影響の下で被監督者の行動を規律するために用いられる補助的な手段です。



 つまり、監督者の影響力が及ばなければ、ペナルティは全く威力を発揮しません。だから、子どもは家の外では元気いっぱいなんです。



 反対に、家に帰れば、ペナルティを受けないように、無意識のうちにその場その場を取り繕う。何をやりたくて何をやりたくないかについて自分の意思を表明することを控える。やっかいなことは隠しだてして、極力波風をたてないようにする。



 このように、ペナルティを意識する子どもは、「いいつけに違反したらどうなるか」を敏感に感じ取るだけで、かんじんの勉強の中身とか先に待ち構えている試験の対策とかには意識を集中できません。



 つまり、ご褒美で子どもの気を引く場合の効果と同じく(既述)、脅迫で追い込むと本業がおろそかになるわけです。



 これは監督者が親であっても先生であっても同じことです。



 もし家でも塾でもペナルティが待ち構えているような場合には、子どもには知的な作業を行う場がなくなり、子どもはもはやロボット状態と化してしまう。



 このようなことにしないためには、どうすればよいのか。次のようなあるお母さんの話があります。



 『自分の子どもが将来社会に出ても困らないように、「時間を守れる子」に育てたい。しかし、学校の登校でさえ、自分がいなければ毎日が遅刻という状態。



 自分自身が几帳面なお母さんだからこそ、のろまに見える自分の子どもが許せず、ついイライラして「何回言ったらわかるの?」「早く朝ごはん食べなさい!」と言ってしまう。



 ところがいくら叱っても治らず、不安が募っていく。



 もしかして、自分の育て方が甘いのかも知れないと思い、叱責が感情的になることが増えてゆく。しかし効果はみられず、かえって子どもの言葉数はめっきり減ってしまった。そんな子どもの姿を見て、自分を責めるばかりの日が続く。



 割れた茶碗のかけらをいつまでたっても眺めているような気持ちが続く。



 そんな折、人からのアドバイスがお母さんの胸を刺しました。「親の偏った価値観で子どもを縛ってはいないか」と。



 つまり、自分の子どもには他人からみればとても素晴らしいところがあるのに、人から褒め言葉をもらっても、心の中では「そんなことはない」「本当はルーズな子どもなんだ」と子どもの良い部分を否定したり、子どもの良い部分から目をそらしたりしてしまう。親にはない子どもの個性や能力を発見したり、評価することができない。



 偏見とは根拠のない非好意的な先入観をいうが、子どもの長所を短所で覆い隠して人格攻撃をするのは、まさしく偏見そのものじゃないのか。



 その偏見のために子どもの主体性を奪い、みじめなくらいに親に甘える子どもに仕立てていないか。



 小さなことにこだわって、子どもの大きな芽を摘みそうになっていないか。



 ハッとした。



 それ以来、子どもを見てイラっときたときは、子どもの長所に目を向けることで心を落ち着かせるように努力した。その努力を続けているうちに、子どもの長所を実感できるようになった。



 そうすると、時間のルーズさも「この年齢ならしかたない」「少しずつできるようになればよい」と考えることができるようになってきて、叱る回数が減り、子どももよくしゃべるようになってきた。



 さらに、少し子どもと距離を置くためにパートに出でてみると、親が帰宅するまでに学校の宿題を終わらせるなど、子どもは驚くほど自主的に行動するようになった。』



 話の内容は以上のようなものです。



 大きなポイントとなるのは、いくら子どもの将来が心配であっても、大人は何らかの方法によって感情的になりそうな自分を抑え、できるだけ冷静で寛容でいなければならない、ということです。子どもは感情的に叱る大人が大、大、大キライなんですね。



 先ほどの話では、子どものよいところを再評価することによって、あるいは子どもと少し距離を置くことによって、子どもを全体的で長期的に捉えることができるようになった。



 問題は「その人」にあるのではなく、「人と人の間」にあったわけです。



 確かに、時間に追われれば追われるほど、「やらなかったらどうなるか」とか「失敗したらどうなるか」で子どもを脅迫してしまいがちです。



 しかしこれでは、本来優秀な子どもであっても、意思決定が抑圧されて本領は発揮できません。だからまず、子どもが安心して自由に発想できるような土台作りをする。



 その後はその上に、「勉強計画とその実行」が乗っかってゆくことになるわけですが(後述)、土台を覆すような事態は再び招いてはならない、と肝に銘じておきましょう。



 この点、 「罰やペナルティがあるからこそ今、子どもはまともにやっている」と言う人がいますが、それは本末転倒です。罰を恐れた子どもは自分で意思を決定しませんから、まとも以前がまともじゃない、本領が発揮されていないんです。



 これに対して、自分で意思決定ができる子どもであれば、ペナルティがなくても、失敗すれば自分で修正するものなのです。



 大人は子どもに対して、「やらなかったらどうなるか」ではなく、「子どもの自主的な判断をどこまで許すか」という態度で接するべきです。子どもが親や先生にいちいちうかがいを立てずに勉強を進めることができるようになるかどうかは、この点にかかっています。



 つまり、できるだけ計画も行動も子どもの決定を尊重しましょう。人は任せられるとそれだけで、有能感を得て、頑張ろうとするからです。



 具体的には、「やらなければならないこと」よりも、「やってはいけないこと」を強調することです。やらなければならないことは分かっている人に、重ねて「やりなさい」と言うのは生産的ではありません。



 そうではなくてむしろ、やってはならないことをはっきり伝え、あとは自分次第だ、とするのです。例えば、睡眠時間のことを考え、「今日は2時間しか勉強してはならない、後は任せる」です。すると、子どもはその範囲で何とか課題を仕上げようとする。



 同じく校庭を10周走るのでも、命令されて走るのと、自分の意思で走るのとでは、要領も効果も全く違うものになるのです。



 もちろん、その後の子どもの判断や行動が常に正しいとは限りません。そのときこそ、大人の助言が必要なのです。子どもが手を伸ばせば届く範囲の助言、子どもの心に届く助言、です。



 ここで子どものやり方を全否定しないことが大切です。あくまで子どもの考え方を発展させるように、大人のアイデアを子どものアイデアに付け足すことです。



 子どもと接していると、ついイライラして「あなたはどう思っているの?」「本当はどうしたいの?」と言ってしまいがちです。しかし、子どもの返事ははっきりせず、要領を得ないことがほとんどですよね(笑)。



 そうであっても、少しずつでも言えるようにしてあげればよいのです。だって、子どもの意思決定とはむりやり引き出すものではなく、それができるようになるのを見守るものだからです。




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みなさん初めまして!! 管理人の山田です。
訪問していただき本当にありがとうございます。
中学受験・教育ジャーナリストをしています。
趣味は、ゴルフ・釣り・テニス、そしてマラソン(幸運にも、第5回東京マラソンに当選、フル5時間でした)。

著書は、次のものがあります。
●「優秀な子どもが中学受験で失敗する9の理由」(エール出版社)
●「中学受験は親で決まる」(ぱる出版)

講演依頼は、高等学校・予備校の関係者の方は下記から、それ以外の方は直接お問い合わせください。
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コーチの橋永です。私の仕事は相手が自分の中を見られるようにかかわることです。相手が成し遂げたいことを見つけ出し、どうやったら実現できるか探求し、行動を促し、実際に結果を創り出すことをサポートすることです。その人が何に迷い、何を大事にしているのか評価することなく、すべてを受け止めます。必要な答えはいつも自分の中にあります。合格という目標に向かって親子共に、歩んで折られる方々のお力になれたらと思います。

東京経済大学経済学科卒。在学中よりユネスコ活動に携わり、国際的な人的交流の企画と運営を行う。アミューズメント関連企業にて企画・運営を担当。
旅好き(タイ、インド、ネパール、トルコなど)。2004年コーチングに天職を感じ学び始める。「人の可能性に光を当てる」をモットーに2007年独立。ブログもやっております。
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