こんにちは。昨日、「おたくはうちの子を開成に入れることができるか」という熱心な依頼者のお話を伺いました。社会的にも尊敬に値する仕事をされている方ほどこうした意識が高いのですが、近視眼的ではありますが、結論から言うと成功するパターンではありません。



  確かに指導者側に指導力が備わっていることは必須の条件です。しかし、塾や先生を選ぶ基準として「開成への指導実績」だけにこだわる人は、うまくいかなくなるたびに「この子は開成に受かる子どもかどうか」という壁に突き当たります。この考え方は、大人の価値観の縮小再生産に過ぎないばかりか、子どもの意識を長らく拘束し、自他共に苦しめることがあります。 



  「ヤマアラシのジレンマ」と言われる寓話があります。『ヤマアラシ』というのは、全身が針だらけのネズミの仲間です。ハリネズミと同じようにその針で肉食動物とかの外敵から身を守っているわけですが、ヤマアラシはハリネズミよりももっと鋭くて長い針を持っています。それで、「ヤマアラシのジレンマ」というのはこういう話です。あるところに、寒さに震える二匹のヤマアラシがいました。寄り添って温まりたいのですが、ヤマアラシはお互いに全身が針で覆われています。だから近づくと針が刺さって痛い。でも離れると寒くて仕方がない。そう、近づきたくても近づけない…というジレンマに陥るのです。



  「この子は開成に入れる子供か」という大人の評価はヤマアラシの「長い針」です。そして、ヤマアラシの子どもはヤマアラシになります。そして、反抗、停滞、幼児化などのジレンマを生じることになります。「絶対開成」という気持ちは自然なものですが、先生も親も「評価者どまり」であってはうまくいくものもうまくいきません。こどもの勉強の様子をよく観察し、いつでも軌道修正(危機管理)できるだけの準備をし、勉強が楽しいと思える環境作りが重要です。




  さて、今日の受験塾は、家庭学習の「型」をもたせる【後編】(第四章3)です。



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  幸せ受験塾の総目次はコチラ


第四章 葛藤を克服する〜「やればできる(小さな成功体験)」から「もう大丈夫(自信)」へ


3.物事を一から自分で組み立てさせる秘技(1)……家庭学習の「型」をもたせる【後編】


(3)姿勢を正す

  さて次は【問3】についてですが、勉強中に落ち着きのないのは、勉強に対する粘り強さがない証拠です。「宿題をまとめてやる」「勉強するとすぐ疲れる」なんて具合です。勉強時間は長ければ長いほどいいとうわけではありませんが、勉強中に落ち着きのないこどもは、勉強した内容が身につくようになるのに必要な勉強時間ないし労力を確保できていないことが通常です。


  授業中でも、体を軟体動物のようにクネクネさせている小学生はホント多いです。こどもがクネクネ運動をするのは「仕方なく勉強しているんだ」という意思表示です。小さな成功体験を味わせる段階ではこれでも何とかなるのですが、一から自分で物事を組み立てさせる段階では「仕方なく」は通用しません。


  こどもが勉強に取り掛かった瞬間から姿勢をシャキッとするまで、姿勢については鬼行動を取り続けてください。姿勢をシャキッとさせると、自然に「やらねば」「聞かねば」と思うのもです。実際に姿勢を注意し続けると、ほとんどの子供が「あ〜疲れた〜」って言うはずです。しかしそれも初めだけですから、頑張ってこどもの姿勢を正してください。



(4)家庭学習のやりかたをパターン化すること

  最後に【問4】についてですが、ずっと監視していないとすぐダレるこどもがいます。しかし、いくら監視を続けたとしても、こども自身が「これじゃマズイ」と思わない限りは「効率の壁」を乗り越えることはできません。「家でちゃんと勉強させているのに総合テストでは点数を取ってこれない」という悩み持つ人がいますが、塾の先生に聞いても「本当はできるんですが・・・」と言うので、ますますわけが分からなくなる。


  こんなときは、監視を強めるのではなく、家庭学習のやり方をパターン化することが必要です。勉強の中身ではなく、家庭学習のパターンを体で覚えさせる。具体的には、 崋業でのポイントをノートでおさらいする」→◆屬修離櫂ぅ鵐箸暴召辰堂鬚直す」→N狢蠅魏鬚、です。


  家で解いてできない人は、,離好謄奪廚筬△離好謄奪廚鮠蔑していることが多い。塾で習ってきたことを家で再現できていない。うるおぼえの知識で何となく解いているから不安ばかりが増す。しかも、授業と復習の間隔が長ければ長いほど、解きにくくなる。結局また一から学び直す羽目になる。


  だから、授業は、復習のことを考えて受講する必要があります。ご家庭で勉強を教えている場合には、こどもに必ず新しく学んだところや間違ったところをおさらいをさせてください。このステップがとてつもなく重要ですから、こどもが「おさらいをしないと気がすまない」というまで鬼行動を取り続けてください。




(5)「鬼行動」の対象

  (1)〜(4)を通して、「鬼行動を徹底してください」って繰り返してきましたが、「そんなつまんないことでムキになる必要はないんじゃないの?」とか「勉強と直接的な関連性はないんじゃないの?」と思った人も多いと思います。


  確かに、「勉強をすること」に比べたら、「予定を書き出すこと」「整理整頓をすること」「姿勢を正すこと」「家庭学習のやり方をパターン化すること」なんてことは直接的には勉強には関係ありません。受験対策としては「勉強をすること」が本質的なことであって、その他のことは周辺部分にすぎません。だから、多くの親は「こどもの勉強を手伝うこと」が親の役目だと思ってしまうんです。


  しかし、親がこどもの勉強の内容に深く関わりあってうまくいかないのも事実です。小学校の低学年から塾通いをさせているご家庭ならよく分かると思いますが、親がこどもに勉強を教えていると、他人がするのと違って感情がストレートにでてしまうものだからです。「こんなのもできないのか」です。幼いときはこどもの行動も考え方も強制(コントロール)できていたものが、いずれ「行動だけは強制できるが考え方は思うようには強制できない」、そうすると親もこどもも迷走し始めて「行動も考え方も強制できない」という壁に突き当たることになるのです。だから、塾なんかは「親が勉強にかかわるな」「しょせんうまくいかないよ」って言うんです。


  ところが、親はもっともっとやることがあるんですね。受験対策には、「(拔そのものに関わる本質的部分」と、「∧拔そのものとは直接関係しない周辺部分」があり、それぞれの性質に応じてやれることがたくさんあるんです。


  そこでまず、「(拔そのものに関わる場合はどうか」です。大人の社会でもそうですが、知的作業を伴わない労働は指揮命令系統がしっかりしていないとうまく事が運びません。上司がいて部下をしっかり監視する、です。これに対して、知的作業は人と人とが対等な関係にないと良い成果を生み出すことができません。体は強制できても、頭の中は強制できないからです。


  受験勉強でも同じです。「勉強」は暗記などの「肉体労働」という側面よりも、「暗記したことを使いこなせるかどうか」という知的作業という側面のほうが圧倒的に重要です。受験勉強というのは、本質的には知的作業です。ですから、教える側と教わる側の関係は、「指揮命令関係」ではなく、「対等な関係」が原則的なあり方になります。


  そうは分かっていても、こどもに勉強を教えていてもどかしくなったり、イライラしてしまい、しかめっ面になったりため息をついたり叱ったりするなど感情がストレートに出てしまうのは、「こどもの能力」に関することは親子にとってとてもリアルに辛いことだからです。こどもの成績が上がらないとあせってしまって、親の能力までもが否定されたような錯覚に囚われてしまうと同時に、こどもは希望を失う。ひどいときは、親が自分の辛さをこどもにぶつける。そうするとこどもは反射的にひるむ。この関係は「指揮命令関係」です。こどもは知的作業を放棄して、怒られないためにどのように迎合するかだけが課題になってしまいます。


  このことは、とても義務感や責任感の強い先生にもあてはまります。「なぜオレの言うことを聞けないのか(聞かないのか)」です。もちろん「義務感や責任感そのもの」が悪いのではありません。「義務感や責任感」(親で言えば「親心」)の表現のやり方の問題です。大人が「こどもの勉強」という本質的部分に付き合っていくときには、絶対に「鬼行動」をとってはなりません。大人がこどもの勉強に付き合うときには、「勉強をすること」=「知的作業」=「教える側と教わる側は対等な関係」という本来的な姿から遊離しないように意識する必要があるのです。勉強に満足するこどもだけが学力を伸ばせるのです。


  他方、「(拔そのものに関わる本質的部分」と異なって、「∧拔そのものとは直接関係しない周辺部分」はしつけそのものです。「家族は構成員がそれぞれの役割をキチッと果たすことでうまく機能する」ということをこどもにも分かってもらわねばなりません。お父さんだってお母さんだって、いつまでもこどもに振り回されていたのでは自分の人生だって心もとなくなる。


  だから、「予定を書き出さない」「机の上が乱雑」「姿勢がダラダラ」「勉強が行き当たりばったり」なんてことを目にしたらすぐさま鬼行動を取る。使ったものを元に戻さないとか、授業でやった問題を解き直さないというような小さなことこそ叱らなければなりません。小さなことは無意識でやっているから気付かせてあげる必要がありますし、反対に「偏差値が大幅に下がった」なんて大きなこと、しかもこどもでも分かっていることを叱ると、こどものつらい気持ちに塩を塗り、混乱させるだけだからです。


  使ったものを元に戻さないとか、授業でやった問題を解き直さないというような小さなことは一年中多発しますから骨の折れる作業ですし、こどもを信頼していればいるほど小さなことを叱るのはかえって気兼ねしてしまいます。しかし、勉強を教えてもこどもは直ぐに忘れますが、小さなことを叱られたことは忘れない、小さなことを叱るのはこどもにとって財産になるのです。それでも言うことを聞かなかったら、「お前がちゃんとしないとうちら家族のみんなが不幸になる」くらいのことを言っていいと思うんです。


  そして、叱責がちゃんと効果をあげるためには、すぐに叱る、一度に一つ叱る、こどもを叱るのではなく現象を叱る、です。すぐに叱らないとこどもはすぐに忘れてしまい惰性に流されます。また、こどもに改善を促すときは、「いつ、何をやればいいか」を明確にする必要がありますから、いっぺんにあれもこれもと叱り飛ばすのはよくありません。


  さらに、「机のうえを整理しろ!そんなこともできないからお前はダメ人間なんだ」なんて非難されたら、だれだって「整理しろ」より「ダメ人間」のほうに気が行ってしまいカチンときます。そうならないためには、「お前がダメだ」ではなく「雑然とした状態がダメだ」というふうに「人」ではなく「状態」を指摘する。また、単に「雑然とするのがダメ」と指摘するだけではなく、「自律するためには雑然としていてはならない」と目的から考えさせる。


  もちろん勉強だけがすべてではありません。だから何もそこまでやらなくてもいいとも思えます。しかし、「自分のペースがつかめずあたふたするレベルのこども」は、「ただ家と塾を行き来するだけのこども」とか「結果だけをもってこようとするこども」に比べたら、受験に対する意識が相当高いはずです。むしろ受験を志したご家庭は、第2章や第3章の過程を通じて受験に対する意識を高めなければなりません。受験に意識が向いたにもかかわらず、あたふたしているこどもにはもう一押しが必要です。


  本項の冒頭に挙げた(1)〜(4)の「勉強そのものとは直接関係しない周辺部分」の話は、家族の一員としてこどもに与えられた所掌事項です。家族がうまく機能するために絶対に守ってもらわねばならないとともに、「自分のペースがつかめずあたふたするレベルのこども」であればできるはずです。こうした「家族のルール」はしつけそのものですから、絶対に「鬼行動」を弱めてはならないのです。



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