今日もみなさんお疲れ様です。

  サピックスに通塾しているご家庭からのご相談がありました。クラスが下がってこどものやる気が下がっている、新学期が始まったので何とか挽回する方法はないか、というものです。


  もちろん勉強法についてはいろいろお話したいのですが、その前に大切なことを確認しなければなりません。サピックスはクラス変動が頻繁に行われる塾です。そうしたやり方はこどもによって、あるいは時期によって効果のあるなしがあるでしょう。そうしたやり方が良いとか悪いとかよりも、そのやり方についていける態度が身についているかどうかの方が重要な問題です。クラス変動だけでなく、偏差値の変動が激しいときも同じです。


  クラスや偏差値が頻繁に変動するには理由があるはずです。予習・復習のやりかた、授業の受け方、家庭学習の位置づけなど、いろいろあるでしょう。でも、そんなことは実は大した問題ではありません。一番大事なのは、「クラスや偏差値の変動が自分の問題である」ということをこどもに気付かせることができるかどうかです。明日からメシを食えなくなるとなればまさに「自分の問題」です。こうした環境にあって初めて本気になるのです。これまでのやり方が悪かったなんてことよりも、これからどうするかに意識が向かなければなりません。このような考え方ができれば、クラス変動が激しい塾でがんばれます。


  これに対して、クラスや偏差値が下がっても屁理屈を言って他人のせいにするようでは、サピックスのようなクラス変動の激しい塾についていくことはできません。成績のダッチロールはなくなりません。


  クラスの変動や成績の変動が激しいとき、それを「自分の問題と気付かせることができるか」どうか、本当の教育的意義がこの点にあります。一言で言うと、「親なり教師なりが子供の前から隠れる」という作業(配慮)によってこどもに気付きを与えることができるかどうか、です。



  さて、今日の受験塾は、自己完結するこどもたちに対する基本的なスタンス(第五章2)です。



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第五章 脱力状態に活力を吹き込む〜「もう大丈夫(自信)」から「なるほど(動機)」へ 



2.自己完結するこどもたちに対する基本的なスタンス

  第四章までは親がリードして子供を牽引する形での関わり方が中心でしたが、本章からはできるだけ手を貸さずにこどもを良い方向に導くことを考えていくことになります。


  自己完結するこどもは、自分の評価をとても気にします。「偏差値やクラスが下がったらどうしよう」「親が自分を見離したらどうなっちゃうだろう」です。


 


  しかし、「評価」というものは、本来人からもらうものではなく、自分で作り出すものなんです。「こんだけやったから良い評価してくんないかな〜」じゃなくて、「頑張り続けた結果として徐々に高い良い評価がついてくる」「頑張り続けないと、いったんもらった評価でもなくなって行く」、「評価」とはそういうものです。自分で作り出していくものなのです。


  「評価」ばかりに目がいってしまう人は、「努力」がおろそかになります。人は同時に2つのことを考えることができないからです。そこそこの努力しかしないのに、不相応の評価を受けたいなんて思ったとたん、成長がストップします。


  仮に受験がそこそこうまくいったとしても、自分が本当に欲しいものが見つからない。他人が欲しがるものをむやみに欲しがる。人の気持ちをみずに、外見や価値ばかりに目が行く自己中心的なものの見方に流れやすい。


  大人の世界でも世間の評価をとても気にしすぎる人がけっこういます。イジメがバレるのを恐れる学校関係者が好適例ですね。恥知らずでも何でもなくて、「人は行き着くところは地位ではなく自分」だと腹をくくっていないだけです。「ひょっとして人は自分のことをよいように評価してくれているかも」とか「自分の経験からすれば理解してもらえるはずだ」という発想から抜け出せていない。だから「評判は自分で作る」ではなく「評判はもらう式」の発想になる。

  こうした発想は、「いい評判はもらうけど悪い評判はいらない」と言っているのと同じです。思考停止から脱して成長路線を歩むことができません。人の評価なんて行きずりのものですから、自分がコントロールできるはずがありません。そんな「評価」に振り回されれば、その分すべてムダです。本来、人は年月が経つに連れて価値が上がっていくクラッシックカーでありたいですが、「評判をもらう式」の発想の人は消耗カー止まりにすぎません。


  社会で頑張る人ほど「こどもに帰れ」「こどものころの純真な気持ちを大切にしろ」って言います。これは「発想をゼロベースに戻せ」ということなんです。自分の感性に向き合うことによって、今を大事にしろってことです。それなのに周囲の評価ばかりを気にしてこどもに無意味な重圧をかけるから、こどもが戸惑う。こどもが思考停止に陥る主な原因は無意味な「かっこつけたがり」にあるのです。


  「評価はもらうもの」と考えれば消極的になりやすいですが、「評価は自分で作る」と考えれば積極的な気持ちになれます。受験においても、親が「こどもの評価を高めること」に腐心していると、こどもも自分の評価ばかりに気が向いてしまい、肝心な「努力」を軽視するようになります。


  「しっかり勉強しろ」って言っているから子供は努力に目が行っていると思うのは大間違いです。親が「評価」に重心を置いていれば、こどもは「努力」を無視して「評価」だけを追及します。だから、親は「こどもの評価を高めること」に手を貸すのではなく、「こどもが努力すること」に手を貸すべきなのです。


  ただ、手取り足取りやってしまっては第四章の段解で足踏みをすることになります。こどもは目に見えるラクな解決法があるとすぐそれに飛びつこうとします。そばにいる大人を捕まえて、他人の力でものごとを解決しようとします。これは幼児そのものです。だから、こどもを自立させるためにも、まず大人がこどもの前から姿を消すような配慮も必要なのです。


  そこで、できるだけ大人が手を貸さずして、「自己完結するこどもたち」がはまっている思考停止状態をいかに解消し、気付きを与えることができるか、これが本章の課題になります。




  

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