今日もみなさんお疲れ様です。昨日は日経アソシエ(2007年3月6日号)から「弱点を強みに変える」という特集をご紹介しました。反響が大きかったので、こどもの指導に役立ちそうな部分を再掲します。


仝べたなこども → 相手の話をじっくり聞ける

⊆分の主張が通せないこども → 相手の持つ情報がより多く収集できる

9イ嫌いがはっきりしているこども → 表裏がないので人を傷つけない

せ間がかかるこども → 粘り強くなる

ゥ吋▲譽好潺垢多いこども → 小さなことにめげない


  例えば口ベタなこどもに対して「言いたいことや言うべきことはちゃんと言いなさい」って言ったって、そんな簡単に言えるようになるはずはありません。口べたな自分と上手に付き合うことによって、いつしか自分の能力が開花し、そして口べたな自分を克服していくものです。口べたが原因で本来持っているはずの能力が開花しないとしたら、それは非常に残念なことです。


  さて、今日の受験塾は前回に引き続き、偏差値の読み方(第五章7)です。



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第五章 脱力状態に活力を吹き込む〜「もう大丈夫(自信)」から「なるほど(動機)」へ



7.こどもに気付きを与える秘技(5)……偏差値の読み方


  自己完結するこどもたちは、あと一歩の努力を惜しむ代わりに「偏差値」にとても強い執着を持ちます。だから、テストの直前は猛烈に頑張るけれど、長続きしないんです。そして成績も伸び悩むという悪循環に苛まれる。



  これって、実は会社の「棒グラフ」(営業成績)と似ているんですよ。会社の壁に「○○件契約獲得達成!」なんてデカデカと貼ってあるやつです。塾でも同じ。「教室数○○達成!」とか「塾生○○人達成!」とか・・・。


  ノルマに達しない人には目標や課題が与えられる。暗黙のプレッシャーがかかる。上司は言う。「オレに恥をかかせるなよ。何が何でも目標を達成しろ!」



  この考え方を徹底すると、部下が失敗や相談を持ちかけたとき、「なぜこんな失敗をしたんだっ!」「なぜオレの言うとおりにしないのか!」「お前の話は聞きたくない!」なんてやられる。もう誰にも相談できない。意気消沈・・・。そう、「偏差値」も「棒グラフ」も「ノルマ達成主義」に陥る危険性がある。



  なぜ「ノルマ達成主義」が危険かというと、もともとやる気があって能力もある人が、やる気を失って本来の能力を発揮できなくなることがあるからです。


 


  能力があっても、スランプやなんやらで成績が伸び悩むことは当然あります。そのようなときに、だれでも「挽回してやる」って力が入ると歯車が狂いだします。「これまで通りでいいはずだ」と「これからどうしよう」がいっしょくたになって行き詰る。 


  人は自分の一貫性のなさを認めるのを嫌がりますから、「自分のやっていることは正しい」にこだわります。「やりかたはいいのに結果が伴わない」と思い込む。だから、自分のやりかたを抜本的に改善するよりかは、今よりまだマシといえる程度の努力しかしない。その場その場でベストの判断ができない。他方で、スランプの原因が分からないまま放置されると劣等感に苛まれてモチベーションが下がる。



  このように苦しむことはだれだってあるはずです。しかし、ノルマ達成主義の人たちは救いの手を差し伸べることができない。ノルマ達成主義の人は、「偏差値」や「営業成績」を“見る”ことはしても“読む”ことをしない。「人」ではなく「数字」ばかりに目が行く。指示・命令はしても、一緒に解決しようとはしない。先へ先へと突っ走るだけ走る。課題だけが膨らむ。



  だから、見落としてきた穴にが広がっていき、いつしかいきなり表面化する。いったん危機に陥ると、互いに責任を押し付け合う、殺伐とした雰囲気になる、解決策が見つからない。 



  だから、こどもたちが偏差値に執着するようになる前に、周囲の人が「ノルマ達成主義」ではなく「能力主義」に変わることが必要です。


  偏差値を「見る」のではなく「読む」。「数字」ではなく「人」を見る。成績が低迷しているとき、低迷している本人にとってはリアルな問題だから向き合うのがつらい。「ウチの子は苦しんでいるようにはみえないわ」と思うでしょうけれども、反発すること自体、苦しんでいる証拠です。



  むしろ、「逃げ出したい」という気持ちに共感してあげて、正しい判断をする機会を与えるほうが、遠回りなようで、実は近道です。結果(成績)が欲しくても、それだけを強調するとこどもの共感を得ることはできない。


  特に、実力以上の学校に入りたいなら、本気でないと受からない。しかも受験には期限がある。だから、こども自身が納得する突破口を与える必要がでてくるんです。
  そこで、「偏差値」の「読み方」をこどもに教えてあげて欲しいんです。



  偏差値は確かに相対評価です。自分の努力が人の努力を上回れば、偏差値も上がる。だから、偏差値を上げ続けるというのはサバイバルです。これはだれでも「見れば分かる」。


  でも、それを支え続けるのは本人の努力。偏差値を「読む」とは、こどもの地道な努力そのもの、競争とはいったん区別された個人的な成長、こうした絶対的な価値に目を向けることです。

  偏差値は、ー分なりにがんばる(絶対的なもの)、そして⊆分の実力が他人のそれを上回る(相対的なもの)、この二つが合わさって初めて上がるものです。



  偏差値を「見る」しかできない人の発想は、「競争に勝つために一定の分量をこなさなければならない」です。「勝つか負けるか」を重視するため、いざ負けるとすごく落胆する。それまでの自分の努力を前向きに評価できない。自信を喪失する。今のやり方を全否定して、ゼロからの再出発を心に誓う。そして疲弊する。「勝つか負けるか」式の考えに支配されている。



  しかし、受験で成功する人、偏差値を「読む」人は違う。「勝つか負けるか」はあまり重要でない。偏差値は「自分なりのがんばりを自分で自分を評価する道具」と割り切る。「これまでの努力によってどれだけ自分の能力が高まったかを試したい」「死ぬ気で頑張ってきたので、偏差値が上がらなければ納得できない」と思う。自分がやっていることをよく理解している。


  だから、仮に競争に負けたとしても、次の戦いへの足場がしっかりしているから、すぐに体勢を立て直すことができるんです。これが、成長し続けるこどもの実体です。
  偏差値に翻弄されるのは入りたい学校に入れるかどうかが不安だからです。だから、自信のある子はあまり偏差値を気にしません。「入れるかどうかなんて結果を見てみないと分からない」、って腹をくくっている。「自信」というのは、「自分は頭がいいぞ」ってふんぞり返ることではありません。そんなことではあっという間に人に追い越されてしまいます。「本当の自信」とは、その場その場でベストを尽くせる、ということなんです。



  偏差値が高止まりしているこどもは、ほんの一握りです。大多数のこどもの偏差値は流動的か、なかなか上がらない。だから、「それにしても納得できない!がんばったのに、なぜ偏差値が上がらないの?」と思われるでしょう。でも、こどもは親の欲目に敏感ですから、ぐっとこらえてください。まず、偏差値の見方をこどもに教えてあげることが先決です。



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