みなさん、お疲れ様です。先日、やる気を引き出すコーチング)という記事に、「やればできるでしょ」と「やると思っていたよ」の違いについて書かれていました。



 親に「やればできるでしょ」って言われるとなぜかムッとくるのに対して、「やると思っていたよ」と言われるとうれしくなる、という違いです。



 なるほど、そうですね。私なりの解釈ですが、「やれば」という条件付きで褒められると、なぜか強制的で高圧的な感じを受けてしまいます。これに対して、無条件で褒められたり、信頼されているという印象を受けると、満足するんですね。



 私も改めて、「やればできるじゃん」ではなく、「やると思っていたよ」「できると思っていたよ」と言うようにしたいです。もちろん、具体的な勉強法のほうが重要ですが・・・。



 さて最近、生徒の算数のノートを見ていて感じることがあります。



 算数のノートを見ると、考え方を式にすることなく、いきなり筆算をなぐり書きして、答えを書くケースがあります。



 このようなケースでは、〔六遒里箸に混乱してケアレスミスが多い、普段の勉強の際に以前学習した同種同類の問題を参照しない、という事態を招くことになります。



 しかし、考えの道筋を式で整理することなく、いきなり筆算を書くようになったのは、実はこどもの責任ではないんですね。正解を早く出すことを求められた結果、このようになったわけです。



 つまり、「はい、この問題を解きなさい」「できた人は答えを言いなさい」「ピンポーン!正解!!」という具合で終始してしまい、正解に至る道筋を問わないわけです。



 算数を学習する際、正解か不正解は実は重要ではないんです。正解に至る道筋や、考え方の分岐点を確認できさえすれば、結論は何でもいいんです。



 早く正解を出すことだけにとらわれて、もし、〔六遒里箸に混乱してケアレスミスが多い、普段の勉強の際に以前学習した同種同類の問題を参照しない、という事態が続くようだと、ちょっと困りますね。



 特に△里茲Δ幣豺隋△い弔癲△い弔泙任燭辰討癲教える人が必要な状態が続いてしまい、かえって学習時間が増えて、生徒も先生も嫌になってしまいます。



 ふだんの学習では、,泙瑳分なりの結論を導く、∪飢髻ι埓飢鬚砲かわらず、考え方の道筋を確認する、ことが大切です。欲を言えば、条件を変えた場合まで突っ込ん考える機会があればもっといいです。




 いつもありがとうございます!ご質問があればお気軽にお寄せください。



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