「教えるスキル」は工夫の連続

 私のYouTubeチャンネル「クイックラーニング」で、「超解法シリーズ」というコンテンツを公開しています。

 私は大手指導塾での塾講師や映像講師の経験が30年以上で、指導してきた生徒数も合格実績校数もそこそこ多数です。

 しかし、自分で映像教材を作り続けてみると、これまでの指導法が自分では納得できるものではないと感じ始めました。つまり、生徒の理解力や集中力に頼ってしまう説明、「こんなもんでいいでしょ」的な手抜きがあるのです。だから、もっともっとわかりやすい説明のしかたがあるのではないか、と確信するに至りました。

 上記の「超解法シリーズ」が最終形ではないのは当たり前ですが、板書授業、集団授業、個別授業のいずれでもここまで要点を「明確に」「スッキリと」説明はできないと思います。正直、準備にめっちゃ時間がかかってるんです。

 こんなことをしているのには理由があります。
 「坂の上の雲(三) (文春文庫)」(司馬遼太郎)のあとがきに次のような記述があります。

 『陸軍参謀本部次長である寺内正毅が、陸軍大学校教頭である井口省吾に「陸軍大学校に教科書がないのははなはだ不都合ではないのか」と問うたところ、井口は、「教科書というものは、人間が作るもので、ところがいったんこれが採用されれば一つの権威になり、そのあとの代々の教官はこれに準拠してそれを踏襲するだけになります。いま教科書がないために教官たちは頭脳のかぎりをつくして教えているわけであります。すなわち教官の能力如何が学生に影響するために、勢い教官は懸命に研究せねばならぬということになり、このため学生も大いに啓発されてゆくというかたちをとっております。まして戦術の分野にあっては教科書は不要であります。どころか、そのために弊害も多いと思います」と答えたという。』

 いくつかの授業現場が、教科書や問題集をただ延々となぞるだけの退屈で非啓蒙的なのかとハッとさせられます。反対に、教材の良し悪し以上に、教える側の成長や情熱が、教わる側のやる気を引き出すのだと思います。

 さらに、「【全文復刻】学生に与う 呉PASS復刻選書16 「君たちはどう生きるか」に繋がる、教養主義に基づく青春の啓蒙書」(河合栄次郎)に次のようなくだりがあります。

 『受験の弊害は、他人の与えた課題にいかに答えるかということのみを考えさせて、自己が自己に課題を与えてこれを解くことの慣習を忘れさせた、ということである。常に他人が投じた問題を追って、他人の教えた解答を暗誦して手際よく自己の解答なるかの如くに装う戦術に慣れてきた。かくて、諸君は自己の為に自己の足に立とうとしない。

 「教師はただ教科書を使って毎年同じことを教え、生徒は自分の頭で解決しようとしない」、こんな問題が明治期以降、脈々と続いていたとはオドロキですね。

 私がしたいのは、絶対に分かってもらえるような解説をすることと、学ぶ側がもっとチャレンジしようと奮起するような場づくりです。私のWebスクールでは、そのような環境を整えています。


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